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ヘルニアレポート62
投稿者:ヨッシーさん
07/07/23
○ヨッシーのヘルニア人生 その3





H病院での巻き





いよいよH病院へ 転院。検査入院で何度もお世話になっていながら 言うのもなんですが、


はっきりいって暗い!!!


昔の結核病院だけあって 作りが寒々としています。





よし!なるべく早く退院しよう と、心に決めました。


しか〜〜〜しっ。


こんな事になるとは、トホホです。





「ヨッシーさん 午後からリハビリに行ってもらおうか?」


H病院の主治医から言われました。はい早速ですか、行きますよ いきゃいいんでしょ?


まさか そのリハビリで こんな目に合うなんて・・・。





「ヨッシーさん、こっち来て」女性の理学療法士さんから 声をかけられた。


「は・はい?」


呼ばれた所に行くと 温浴のような足湯のような装置があった。


そこには、私が検査入院をした時に 診てくれたリハビリでの主治医もいた。


「はい、ここに座って」


少し高くなった所へ 腰をかけて足を温めるようだ。





って、そこに座れんし〜〜〜!


いから あがれません!!!!!」と、言った。


「でも、大学病院では、してたんでしょう?


紹介状には、そう書いてるよ。


右側の足を交替浴したって」


また あの 女史先生。


「えっ?そんなんしていません。手術をしたのは 左側!!!悪いのは 左です。交替浴って 何ですか?」





結局 バケツを二つ用意してもらい 一つは熱いお湯を入れて 


もう片方のバケツにはお水を入れて 交替で足を入れる というのを する事になった。


H病院でいる間 そのリハビリも含めて 牽引・電気・ストレッチ等いろいろと させていただきました。





初日の話に戻りますが・・・病室へ帰った私は、女史先生の話しに はらわたが煮えたぎる思いでした。





高い所へは 上がれないのに上がれと言った事。


大学病院で、してもいないリハビリを、(紹介状に書いてあるからと言って)したと言って 


私がウソをついているかのように言った事。


いろいろと考えて泣きたくなりました。


ちょっと考えたら分かると思うのに 悪くもない足に リハビリをするか、どうか・・・?





ベッドにこもりカーテンを閉めて 泣きました。なきじゃくりました。


こんな所早くでたい。


家の近くの病院に転院したい。


いつからか そう考えるようになっていました。


しかも 女史先生は 私の担当では ありません。


関係ないのに よこから口を出すな!!!


そう 思うようになっていました。





私が入院して来た日に、向かいのベッドに来た患者さん。


大学病院で頚椎の手術をされた人で、知り合いになっていた人でした。





「えっ?今日から入院なん?」


私は 思わず聞いてしまいました。


なぜなら 彼女はとっくに退院していた人ですから。


大学病院で手術をした後は 大学病院での入院期間が決まっていて、その後は、どこかの病院で 


リハビリ目的での転院となります。 





でも、彼女の場合は 術後の経過も善かったので 退院となったのでした。


「そうや。家に帰っとったんや。で (首に)カーラーを巻かんと診察に来てしもうたんや」


本当は まだ巻いておかないといけないものを いつも外しているから 


ついうっかり 外したままで外来の診察に来てしまったらしい。


金曜日の診察に、すぐここで(H病院)MRIの検査をしてもらったようです。


症状としては 異常がなかったのですが 


”教育的指導”と言う意味での入院となりました。


そして・・・





その彼女(Iさん)は、女史先生の担当される患者さんでした。Iさんも、女史先生と合わないらしく お互いに愚痴ばかりを言うようになっていました。





私は 大学病院の先生が いつくるのか 楽しみに待っていました。


(先生に会って、ここを出たい事、リハビリの件の事、ちゃんと話そう)


いつまで待っても来ません。


H病院の主治医(A先生)に聞いてみると


「S先生(大学病院の主治医)は 暫らく来れないんや」


「え〜〜〜何で?約束したのに 先生きてくれるって」


どうも様子がおかしいので 知り合いにリサーチしてもらいました。


携帯にメールが入り[どうもS先生調子を崩してるみたいやで]どこにいるのか 


行方が分からなかったようですが、[ここ(大学病院)に、入院しているみたい]





地元の先生にも電話で相談しました。


「いつになったら 帰ってくるん?」


「あ・あの〜それが」今までの経緯を話しました。


泣きながらいいました。


「足が動かん事は もうえいんやったら、S先生に会って一言いわなぁ あかんで。


どうなったか、連絡をまたちょうだい」


先生は 私の為にベッドを考えてくれていたようです。





Iさんは 4週間の入院計画をもらっていましたが、A先生に言って2週間で退院をさせてもらっていました。その際にS先生宛に手紙をことづかりました。





私も ほどなくして S先生との面会(で、いいのかな?)が出来、H病院を去る事ができました。





H病院は 老人ホームで入所されている方の骨折が多い所です。


11月だというのに 夜中に上半身裸で部屋から出てくる男性。


また、足の骨折をしているのに動いているお婆ちゃん。


一日中


「あぁ〜あぁ〜」


と、叫んでいる人。


以前の検査入院の時は、一人ずつ 順番に言っている感じでしたが、今回の入院は・・・


何箇所かで一斉に騒いでいたので、同じ入院している者としては、


(せめて昼間だけにしてよ)と思ってしまいました。





今回は、ここまで。次は 地元の病院(T病院)でのお話しになります。


ここでの主治医はO先生です。











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