特別投稿 GPS No.11

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投稿者/G.P.S.     No.11     2008/03/22

殻つき牡蠣のオーブン焼き … 新鮮

2月の終わりに、三陸海岸に住む友人から「牡蠣の季節が終わりに近づいた。よく肥えた殻つきを送るから、三陸の磯の香りと海の味を楽しんでくれ。」と電話があり、2日後に、冷蔵宅急便で素晴らしい牡蠣が3ダース送られてきた。鼻を突く磯の香りの新鮮な牡蠣の魅力に取り付かれ、すぐにオーブンで焼いて食べることにした。
殻つき牡蠣をオーブンで上手に焼くのはかなり難しい。焼き過ぎると新鮮な牡蠣の磯の香りがなくなり、中身も硬くなる。焼きが足りないと食中毒に襲われる。
私が食中毒に弱いので、自分で買うときは磯の香りと味が少し落ちるが、生食用を選ぶことにしていた。頂いたものは加熱用であった。

いささか高級な白ワインを開け、絶妙の焼き加減のつもりで、私は10個、家内は8個をとても美味しく平らげた。残り半分は翌日の牡蠣鍋用に取り置いた。
翌朝3時ごろにお腹の不調を強く感じて目覚め、トイレに急いだ。土石流のような強烈な下痢である。絶妙の焼き加減と判断して、食べたが、生食用の物を使った時の感覚が残っていたのか、加熱不足であったらしい。1時間位おきに激しく下痢が続いた。
7時ごろ家内が起きてきたが、何事もないという。またまた、私だけノロウイルスに遣られたと肩を落とした。ノロウイルスには亜種が多く免疫を獲得しにくいらしい。

この日は市役所から講演会の講師を依頼されていた。受講者に通知済みで、キャンセルはできない。この酷いお腹の状態で、2時間の講演を続けられるか?とても心配になった。
朝食は紅茶とスポーツドリンクを少し飲むだけで我慢した。

バスで駅まで行き、タクシーに乗り換えて会場に着いた。
用をしっかり済ませて、講演を始めたが、話をはじめて30分くらい経つと、お腹の異常を感じ始めた。肛門括約筋を緊張させて我慢しているが、大きな声を出すと腹圧が掛かり、危うくなる。50分ほど話をして、一区切りついたところで、トイレ休憩を10分とって、トイレに急いだ。
下痢が激しいので喉が渇くが、水を飲むとお腹の中の液体の圧力が高くなるので、口を濡らすくらいの量を時々飲みながら、後半の1時間を何とか持ちこたえた。
講演は好評で、質問が続出した。講演の終わる頃からお腹の中の圧力が高くなり、脂汗が滲みでた。私の苦境に気付いた司会者は10分ほどで、質問を打ち切り、解放してくれた。トイレに駆け込み、水柱のような下痢を済まし、楽になった。水分摂取を控えていても、腸管から分泌される多量の体液が直腸に溜まり苦しくなるのである。腸管から分泌される液体による下痢を避けるには、長時間無理に水分摂取を控えねばならない。このようにすると下痢の頻度を軽減できるが、脱水症状になって、非常に苦しむことになる。

講演会終了後、主催者、司会者、主催団体の幹部と折り詰め弁当を頂きながら懇談した。
お腹の状態からは食事をしたくなかったが、ここに出席される方は講演の最中には質問しにくいので、食事の機会に質疑応答をしたり、講師に有益なアドバイスを下さる。
食事をしてお腹の状態が悪くなっても、タクシーで15分以内に帰宅できるので我慢できると考えた。また翌日から数日間は特別の予定がないので気が楽であった。リスクは心配であったがお付き合いすることにした。

折り詰め弁当は当地の有名店のもので、私の好物も沢山盛り込まれていた。はじめはちょっと箸を付けるだけにする心算であったが、食べ始めると旨い料理である。朝食を抜いていたので、とても美味しく半分以上を平らげてしまった。
ビールも一缶付いていたが、以前にビールを飲んでお腹の状態を酷く悪くした経験があるので、頂いて帰ることにし、ウーロン茶を頂いた。下痢を避けるため水分の摂取を強く控えていたので、冷たいウーロン茶がとても旨い。お代わりをして2杯続けて飲んだ。
さらに食事とともにお茶を3杯以上飲んだ。食事とお茶は素晴らしく旨く、食事中に交わされた質疑応答、アドバイスも有益で楽しいものであった。
食事を楽しく頂いている時には、これが帰宅後の大失態の原因になるとは考えてもいなかった。

食事後、暫らく歓談し、帰宅のためタクシーを呼んでもらった。タクシーに乗り込む時、お腹に違和感を覚えたが、15分以内に帰宅できるので十分我慢できると判断した。
しかし、先ほど大量に飲んだお茶が車の震動で体が揺れるたびに、下痢と絶食で空になった小腸中をドボドボと駆け巡り、異常な早さで大腸に送り込まれた。
美味しく頂いた食事が胃袋に入って、消化器官の神経を刺激したので、大腸の運動が異常に活発になり、大腸へ送り込まれた液体は殆ど吸収されず、すぐ直腸に送られて、強烈な圧力で出口を押し開けようとし始めた。
懸命に我慢し、家に着くやいなや、タクシーから急いで降り玄関に直行した。ドアに鍵が掛かっていた。ポケットに手を入れて鍵を探すが、見当たらない。出掛ける時、バスの時刻ぎりぎりまでトイレに通っていて、慌てて出掛けたので、机の上に置き忘れたのである。インターフォンのボタンを押すが返事がない。
トイレに直行できないことは全く予想していなかった大誤算であった。
お腹の中の圧力に耐えることに神経が集中し、次にとるべき手を考える余裕を失って、玄関前に立ち尽くした。
肛門括約筋を緊張させて、必死で堪えながら、インターフォンのボタンを押し続けた。
ノロウイルスによる強烈な下痢を我慢するのはコレラ?の時と同様に極めて難しい。

家内は家にいる筈であるが、5分以上応答がない。我慢の限界に近づき出口の周りが濡れてきた。少し経つと液体が太ももの内側を生あたかたく濡らし始めた。もう限界と観念した時、玄関の内側に足音が聞こえ、鍵が開いた。家に入れると思ったら、ホット安心し、張り詰めていた筋肉の緊張が一瞬緩んだ、その時ドアを急いで引き開けようと力を入れたので、お腹に圧力が掛り、無理に直腸に閉じ込めていた大量の液体が凄まじい勢いで噴出し、太ももから膝までをびしょ濡れにした。
ズボン下の膝の辺りに一時的に溜まった液体が、ふくらはぎの側面を濡らしながら靴下、新調したばかりの靴の中に浸入し始めた。完全にパニックになり、考えることも動くこともできなかった。事の次第を見ていた家内は大急ぎで、大型のポリ袋を広げ、靴を脱いで、袋の中に立つようにと言った。
薄茶色が混じった黄土色の半透明の液体がポリ袋の底に溜まった。この瞬間、5歳の時、酷くお腹を壊して母屋から離れた厠に歩いて行く途中で、間に合わず立ち往生し、失敗したことを鮮明に思い出した。この時以来の大失態である。

家内に玄関から浴室までポリシートを敷いて貰い、その上に黄土色の半透明の雫を垂らしながら、歩いて浴室へ行き、シャワーで下半身を洗って、着替えた。下着、ズボン、靴下、靴の中まで黄土色の液体でびっしょり濡れてしまった。家の玄関での出来事で、すぐ家内に始末してもらえたので、対処できたが、外出先での失態であったら、どうなったことかと考えると、慄然となった。

大失態のぶざまな状況を家内の目前で曝け出したのは本当に恥ずかしく、さらに後始末をしてもらったので、これから頭が上がらないのではないかと心配になった。しかし家内は「大失態の原因の半分は、インターフォンに即答できなかった自分の責任です」と言って、嫌な顔を見せずに、最悪事態の後始末をしてくれた。感謝!感謝!

タイ旅行で同じ物を食べて、私はコレラ?を発病したのに、何事もなかった感染症に強い家内も今回は発症時刻こそ遅れたが、下痢に襲われた。インターフォンのボタンを押し続けていたときも立て続けの下痢で、トイレで苦しんでいて応答できなかったのである。
家内は私が鍵を忘れたことを知らないので、なぜインターフォンを鳴らし続けたか理解していなかった。

昼食は美味しかったが、この付けが回ってきた。消化のよい物を選んで口にしたのであるが、ノロウイルスに痛めつけられた小腸が消化吸収できず、大腸に不消化物を急速に送り込んでくる。送り込まれた不消化物の刺激で下痢は激しくなり、腹痛を伴い始めた。
夕刻になると、家内は回復の兆しが見えてきたというが、私は全く変わらない激しい下痢が続いていた。ノロウイルスに効く薬はないので、乳酸菌製剤をスポーツドリンクとともに沢山摂った。

牡蠣鍋用に取り置いた残りを食べたいが、二人そろって夕食を絶食した。私は夜中もしばしば激しい下痢と腹痛に見舞われ、熟睡できなかったが、家内は夜半からほぼ回復した。
私は翌朝も流動食を軽く摂ったのみで、ベッドから起き上がる体力がなくなり、頻繁に通うトイレの時だけ起きて、終日うつらうつらとベッドで寝込んでいた。夕方からようやく腹痛が解消して、下痢の回数も減り、水柱状態からゆるいが形を持つようになった。流動食を消化できるように回復した兆候である。しかし完全に回復するには4日を要した。

若い時にも酷い食中毒で、度々このような苦境に追い込まれたが、何とか切り抜け大失態を演ずることはなかった。80歳に近くなり肛門括約筋を長時間緊張させ続ける持続力が衰えてきたのが今回の大失態の原因と痛感している。

先日、大学のクラス会で、アルコールが回り、気楽な健康談義になった。ひとりがノロウイルスによる下痢症の酷い体験の話をすると、数人の友人が次々と同じような話を始めた。ここ数年、ノロウイルスによる下痢症が蔓延しているので、未経験の人も次は自分かと考えて、真剣に聞いていた。私が3回感染発病したことを話すと、さすがにみんな驚いた。経験者は皆、異口同音に、ノロウイルスによる下痢が極めて急激なアタックであるため、堪えるのが大変難しかったと言い、恥ずかしそうに大失敗の話をした。そして体のどこにこんなに大量の液体が蓄積されていたのかとの疑問がでた。私が経験したコレラ?の時は毎日数リットルの下痢を5日間続け、体重が10Kg減少したことを話し、ノロウイルス下痢症、コレラ?等の分泌性下痢症の病理を解説した。さらにウイルス性胃腸炎に対する私の独特な治療法について話した。
実体験に基づいた分泌性下痢症の病理の説明と独特な治療法が、明快で、分かり易かったらしく、クラス会からDr.GERIという称号【あだ名】を付与され、友人たちが激しい下痢で困った時には、私は必ず相談に与ることを要望された。極めて多くの食中毒を経験し、赤痢以外は自分で治した経験と自信があるので、名誉な称号ではないが有難く頂戴して、友人たちの下痢症治療の相談に乗ることを約束した。

普段胃腸が丈夫で激しい下痢症の経験のない人は下痢への対処法に疎いので、ノロウイルス下痢症の急激なアタックに対応できなくて、パニックになり、大失敗をしたようである。
失敗した人は、自分だけの人に言えない失態と考え、仕舞い込んでいたが、同病が身近に沢山いたことを聞いて、ほっと安心し、積極的に自分の失敗談を披露した。夜中の急激なアタックで間に合わず、高級ベッドのマットをびしょ濡れにして、10万円の損害とぼやく者。ベッドからトイレへの途中で暴発し、じゅうたんの高額なクリーニング代を小遣いから捻出させられた者など悲惨な物語が披露された。これ等の失敗談は尾篭で、悲惨な話であるが、他人のことであれば、いささか興味をそそられる飽きのこない酒のつまみの話であった。

ノロウイルスに遣られ、大失態に見舞われた友人が沢山いたことを知って、私も大いに慰められ、誠に恥ずかしいこの投稿を書く勇気が出た。
食中毒で酷い下痢症となり大失態を経験して、落ち込んでいる人に、仲間が沢山いることをお知らせしたい。
G.P.S.(Dr.GERI)

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