特別投稿 GPS No.10

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投稿者/G.P.S.     No.10     2007/08/26

鮨 … 半日放置

真夏の暑い日のことである。家内が朝早くから出掛けたので、近くのスーパーへ昼食を買いに出掛けた。惣菜売り場に旨そうな鮨の詰め合わせが手ごろな値段で並べられていた。
鮨や刺身は出来たてでなければ口にしないことにしているのだが、ほかに食べたいものが見つからず、安い値段にも釣られて購入し、予算の余りで、パパイヤを求めて、帰宅した。パパイヤは冷蔵庫で冷やしたが、鮨は冷蔵庫で冷やすとシャリがぱさぱさになり、不味くなるので食卓の上に置いた。暑い日なので作成時刻9時の2時間後までに食べる予定にしていた。

10時半過ぎに地域の友人達が突然尋ねてきて、客間で地域の活動の相談を始めた。
話しが意外に複雑になり、結論を得たのは1時近くであった。彼らが帰ると急いで、鮨とよく冷えたパパイヤを食べ始めた。鮨を4時間近く室温30度以上の食卓に放置してしたので、腸炎ビブリオ菌の増殖が怖い気がしたが、以外に味がよく全部食べてしまった。
夕刻帰宅した家内に昼飯のことを尋ねられたので、鮨が旨かったことを話すと、家内は顔を曇らせて、「今夜何事もなければよいが」と呟いた。
夕食を済ませ、床に付いた。翌朝1時近くに強烈なお腹の異常を感じて目覚め、トイレに急ぐと、激しい下痢が始まった。以後約1時間半おきに目覚め、激しく下痢を繰り返した。

その日は年に1回のクラス会の日であった。激しい下痢と絶食で、足元が少しふらつくが、
無理をしても出て、一年ぶりに旧友に会いたかった。会場はS駅の近くで、トイレが付いている中距離電車で直接行くことが出来るので途中の心配は無い。
朝食は紅茶とスポーツドリンクだけで我慢した、電車のトイレのそばの座席が空いていたので、占領し、いつでも大丈夫と安心していた。S駅に近くなりお腹の異常を感じ始めた。トイレに入ろうと表示灯を見ると点灯している。S駅まで我慢と決めて、S駅に着いた。
S駅のトイレに行き、個室を覗くと旧式の和式である。下痢が激しいのでお返しに襲われるし、頻回の激しい下痢で出口の粘膜が傷つき、痛むので温水洗浄の洋式を使いたいと思い、駅に隣接するデパートのトイレを借りることにした。

この時点でお腹の状態はかなり切迫していたが、なんとか我慢できると判断した。デパートのトイレに行き、個室に入ろうとしたらすべて満室であった。慌ててエスカレータで上の階のトイレに行くと清掃中であった。再びエスカレータでその上に行くが、また満室である。もう歩くことが出来ないほどお腹の状態が切迫してきた。空くのを待つことにした。
駅に着いて10分ぐらいの間にお腹の状態が激変した。喉の渇きを我慢できず、電車の中で飲んだお茶が、ビブリオ菌に傷めつけられた腸で吸収されずに、トイレを探して歩き回るうちに、直腸に急速に降りてきて、出口に強い圧力を加え始めたらしい。強烈な圧力で体外に出ようとする液体を漏らさないように閉じ込めておくには大変な努力が必要である。腸内を液体が音を立てて、激しく動くのが分かる。顔面に脂汗が流れ出す、腰を少し曲げてお腹の圧力を軽くし、手のひらでお尻の山を引き寄せて漏れ出ようとする圧力への抵抗も試みた。いずれもあまり効果が無い、早くお腹の中のものを出して、楽になりたいと考えながら、懸命に肛門括約筋を緊張させていた。ぶるぶると身震いがし、お腹がグーと鳴って、腸内の圧力が少し下がった。ホットするが、暫らくするとさらに強力な圧力で出口を押し開けようとするかのような液圧が直腸の末端を強く刺激した。

先ほどからノックしているが、先住者はなかなかドアを開けてくれない。いよいよ我慢の限界である、もう一刻を争う事態で、ちょっとの刺激で大量の液体が流れ出して、下着からズボンさらに床までびしょ濡れにしてしまいそうな、最悪の危険な状態に追い込まれた。
再び、ドアを激しくノックし、緊急事態を伝え、交代をお願いした。水を流す音が聞こえ、先住者はズボンをせり上げながら、ドアを開けて譲ってくれた。バンドとチャックはあらかじめ緩めてあったので、便器をまたいで、ズボンを押し下げ、ズボン下とパンツを下げながらしゃがみ込み始めた。腰を下ろし、お腹の中で私を散々苦しめた液体を無事に放出すれば、「至福の瞬間」を満喫できる筈であった。
しかし、この時まで無理に緊張を続けていた肛門括約筋の緊張が突然緩み、しゃがみ込む動作で、腹圧が掛かると、腰を便座に下ろす前に、腸内の薄茶色の液体が凄まじい勢いで一挙に水柱のように噴き出した。何とか止めようとして懸命に肛門括約筋を緊張させたが、一度開いたゲートは意思の力ではどうしても締めることができなかった。
水柱は本来入るべき所より上の便器のふたの裏を直撃して四方に激しく飛び散り、お尻、太もも、途中まで下げたズボン下とパンツ、便座、便器の周りの床などをあっという間もなく、容赦なく汚してしまった。強烈な第一波が瞬時に終わると、お腹の圧力は低くなったがすぐに次の波が押し寄せてきた。
汚れた便座に座り、第二波の激しい下痢、第三波のしゅうっと出る細い水柱の下痢を経て、ようやく平常に戻ることが出来た。後ろを振り返り、あまりの惨状に唖然となった。
便器の後部は薄茶色の濁った液体に覆われている。ズボン下とパンツもとても穿いて、クラス会に出ることは出来ない。幸いにズボンは十分下に下げてあったので被害を免れた。
お尻と太ももの汚れをふき取り、ズボン下とパンツの汚れはひどい部分のみをふき取り、新品を購入して、履き替えることとした。
便器の汚れは手の下しようが無い、メモ用紙に千円札を二枚包んで表に「ひどく汚してご免なさい。お詫びの印です。」と記して、便器のふたの後ろに目立たぬように置いた。
次の人が汚れた便座に座らないよう、薄茶色の濁った液体に覆われた便器の蓋を開けたままにしてドアを閉めた。幸い夜中からの激しい下痢と絶食でお腹の中が空になっていたので、出たものは殆んど水分で、悪臭を発する物は僅かしか含まれていなかった。

下着を求め、履き替えて、会合に向かった。途中でのアクシデントを予想して、十分な余裕を見て家を出たが、想定外に酷いアクシデントのため、開始時刻に5分遅れた。
皆は私の到着を待っていてくれていた。私が席に着くと生ビールの大ジョッキが配られて、乾杯となった。
激しく下痢を続けていたので、ものすごく喉が渇き、生ビールがうまい。飲み干すとすぐに2杯目が配られた。今日は一杯だけと心に誓って、出掛けたのだが、あまりの旨さに、2杯目を飲む、アルコールが入るとつまみが欲しくなる、目の前に旨そうな中華の前菜が並べられている。消化のよいもの以外は口にしないつもりであったが、好物を見つけると、つい手を出してしまった。
いつの間にか3杯目のビールに口をつけていた。大好物の中華料理が次々と運ばれてきた。2杯のビールと前菜を口にしたが、お腹は悲鳴を上げない。先ほどまであんなに苦しんだ下痢症がすっかり解消したように感じ、アルコールの魔力と楽しい雰囲気に魅せられて、好物を次々と口にしてしまった。楽しく話が弾んでいる間は、お腹の不調をすっかり忘れていた。楽しい2時間が過ぎ、次回の予定を決めて、お開きとなった。

楽しい時間が終わると急にお腹に強い異常を感じ、トイレに急いだ。飲んだビールがそのまま出てきたような凄まじい下痢である。ビールの泡とビールの匂いのする液体がシャワーのように大量に噴出して、お腹が少し楽になった。腸炎ビブリオ菌のアタックで腸の吸収能力が低下し、蠕動運動が昂進して、飲んだビールは直腸に急送されたためか、ビールを沢山飲んだ時に出る小水の量が極端に少ない。また、大ジョッキ3杯のビールを飲んだにしては酔いの感じ方が軽い。アルコールも小腸を素通りして、超特急で直腸に送り込まれたのであろう。腸は凄まじい勢いで、口に入れた液体を直腸に送り込んでいることが、腸の急激な動きと腸内から聞こえてくる異様な音で実感された。
S駅でトイレの付いた車両に乗り、トイレの横の座席を確保した。乗車するとすぐ、先ほどと同じような強烈な下痢に見舞われた。同じことを2回繰り返して、帰宅駅に到着した。
歩いて帰ることは不可能である。タクシーに飛び乗り家へ直行し、温水洗浄のトイレに駆け込んだ。

帰宅後も頻繁に下痢が続いた。腸炎ビブリオ菌で痛めつけられたお腹に、生ビール大ジョッキ3杯と油分が多く消化のよくない中華料理を入れたのは無謀で、過酷な行為であった。
昨夜から続く下痢でぐったりして、ベッドに横たわった。腸の水分吸収能力が低下し、脱水症状が出てきた。猛烈に喉が渇き、スポーツ飲料と紅茶をトイレに起きるたびに飲んだ。
夕刻になると、お腹が張って、強い腹痛に襲われ、トイレに急いだ。ほとんど消化されていない中華料理の噛み砕かれた断片が、粘液混じりの色の濃いビールのような液体と一緒に、激しくほとばしった。小腸で十分に吸収されなかったアルコールが激しい下痢で弱った直腸の粘膜を痛めつけ、さらに不消化のまま直腸に送り込まれた中華料理が粘膜を刺激し、さらに異常発酵を起こし、強烈な腹痛を引き起こしたのであろう。
一晩中強烈な腹痛と1〜2時間おきの下痢に苦しみ、ほとんど眠ることが出来ないまま、夜が明けた。夕食と朝食は飲み物だけで我慢したが、午前中も下痢が激しく続いた。

朝になっても腹痛が強烈なので、掛かりつけの医師に診てもらいたいが、いつ突然の下痢に襲われるか分からないので、家の外へ出ることがとても怖く、逡巡していた。幸いに、消化できなかった中華料理がお腹から出てしまうと、腹痛が軽くなった。お腹の痛みがなくなれば、いつもの腸炎ビブリオ菌食中毒と同じように自分で治せると考え、掛かりつけの医院へ行くのをやめた。事の経過を正直に医師に報告したら、ものすごく叱られると、恐れをなしていたのも医院へ行くのをやめた理由の一つであった。
昼も絶食して、ベッドとトイレを頻繁に往復する。夕刻近くにようやく回復の兆しが現れ、夕食を軽くとって床に就いた。夜間、数回目覚め、トイレに行き、徐々に回復していることを確認できた。しかし、無謀で、過酷な負担を掛けたお腹が完全に回復するには、食事に十分注意しても、一週間の期間が必要であった。この間、徐々によくなっていったものの、しばしば突然襲ってくる下痢に悩まされ、外出もままならない不自由な生活であった。

30度以上の室温に4時間放置した鮨をうっかり食べたことが原因であるが、腸炎ビブリオ菌に痛めつけられたお腹に大量の生ビールと中華料理を入れたのは大失敗であった。
在職中、食中毒に度々襲われたが、発病しても仕事を続けるために、発病中は食べ物に特別に慎重であった。今回は翌日に仕事が無い気楽さと楽しい雰囲気に魅せられて、寸前まで苦しめられていた下痢症がすっかり解消したように錯覚して、つい無謀な飲食を続け、ビブリオ菌に痛めつけられていた腸炎を重症化、長期化させてしてしまった。
食中毒にかからない注意が第一であるが、発病したら、予後の慎重な対応が大切なことを激しい下痢と耐えがたい腹痛の苦しみの経験で学んだ。この失敗は絶対に繰り返したくない。最後に、私の轍を踏む人がひとりでも少なくなるよう祈念します。

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